1. 言葉と気持ちはいつも裏腹

「感情」ってもんは物凄く、面倒くさいものだと思う。 相手の事をいちいち気にして、機嫌を伺って付き合うなんて、それこそ馬鹿な事だと俺は思う。 そうまでするのなら、俺は「友達」なんていらない。

「あ、市瀬君いた!」
「一颯?」

こいつは、クラスメイトの一颯愛莉。
最近、俺の周りをかぎ回ってる新聞部の部長だ。 面倒くさい事この上ない。

「何か用か?」
「前、インタビューさせてくれるって言ったでしょ?」
「あー……」

そんな事を言ったような覚えはある。 仕方なしに、俺は一颯の方に向き直し、きちんと話を聞く事にした。

「インタビューって何のだ?」
「えっとね、まぁ適当に自己紹介とかしてくれればいいだけだから……あ、じゃあ部室に移動しよっか!」

言って一颯は、俺の腕を引っ張って廊下をずんずんと進む。 こいつはどうしてこうも強引なのだろうか。 まぁ、こちらが喋る手間が省けるのは良しとするが……。
一颯が部室、と言ったその部屋はお世辞にも、部室とは言えない空間だった。 沢山の資料が無造作に床や机の上におおっ広げられており、足のやり場も無ければ、座ってお茶でも、なんてスペースもこれっぽっちもなかった。
そんな事はお構いなしで一颯は、机の上の資料を床に置き、その少しのスペースに校内に設置してある100円自販機で買ったであろうお茶の缶をコトンと置いた。 普通の自販機より値段が安い為、校内の生徒の間では大人気となっている。 その中でも、無難なお茶のプルタブを開け、一口喉に流し込んだ。 女生徒には乳酸菌だかなんだかが入ったジュースが人気らしい。

「で、今此処を埋めないといけないんだけどね」

俺がお茶を飲んでいる間に更にスペースを作り、そこにノートパソコンを広げた一颯が、俺の方にディスプレイを向けていた。 資料を踏まないように進み、椅子の上に乗った冊子やらプリントやらをどかし、そこに腰掛け画面を見つめる。そこには、作成途中の校内新聞のデザインが映っていた。 そして、俺は頭が痛くなった。その新聞の一面に俺の名前がでかでかと書かれていたからだ。

『特集! 市瀬 久狼君の素顔!!』

何が、素顔!! だ。
やめてくれ。
頭痛は酷くなりつつある。俺のげんなりとした表情を見たのだろう、一颯は慌てている。

「ご、ごめんね、これ皆で決めたタイトルで……」
「いや……別に……」
「答えたくない事は答えなくても大丈夫だから」
「解った」

一颯は、パソコンを自分の手元へ持って行き、俺に質問を開始する。 まずは無難に誕生日、血液型、趣味などを聞かれる。

「へー、市瀬君って、一人っ子なんだ?」
「あぁ」
「しっかりしてるから、兄弟いるのかと思ってたよ」

一颯と話をするのはそれ程億劫じゃないと思いはじめて来た頃、質問の内容ががらりと変わった。 その質問の数々は、俺の中で嫌悪しか示さない部類のもので……。

「じゃあ、好きなタイプの子とかは? あ、芸能人とかでもいいよ!」

先程と変わらずにこにこと笑いながら、でもキーボードを打つ手は休めずに一颯は言った。 アンケートか何か集計して出た質問なのだろうが、急に一颯の事が浅ましく思えてしまった。 自分でも驚愕する。

「そういうのやめてくれないか」
「え……?」
「……気持ち悪いんだよ、好きだとか付き合うだとか……」
「そんな……」
「俺は…、俺は、」

続きを言おうとして、思い止まった。これじゃあ、駄目だ。 一颯が悪い訳でも、その質問をした人間が悪い訳でもなかった。
問題は、『俺自身』だった。
俺の、問題だった。

「ごめん……こういうの慣れてないから」
「う、ううん、こっちこそ、ごめんね……」

一颯は少し、声が震えていた。泣かせるつもりはなかった。 ただ、一颯が喜ぶのならと思っただけだった。

「上手く、表現できないんだ。俺の問題で、俺が他人との接触を避けてきたから、だから一颯は謝らなくてもいい……」
「市瀬君、どうして私が市瀬君に取材してるか、解る?」
「……いや」

正直、まったく解らなかった。何故、俺なんだろうか。 キアの方が断然人気だろう。俺みたいに口下手じゃないし、誰に対しても愛想が良いし。

「皆、市瀬君を理解したいんだよ。仲良くなりたいんだよ……勿論、私もね」

照れくさそうにえへへ、と笑う一颯。 こいつは凄い奴だなと思った。 俺の中にあった、他人と関わりたくないという感情は少し和らいで、『一颯を知りたい』と思った。

「俺は、お前の事が知りたい」
「へ?」

素っ頓狂な声をあげて双眸を瞬かせる。 俺も、自分の言葉が物足りない事に気が付いて、咄嗟に付け加えた。

「お前と、もっと仲良くなりたい。だから、お前の事を理解したい。友達的な意味で」
「あ、なるほど……」
「というのは冗談だ、腹減ったから帰る」
「え、ちょっ、市瀬君まだ終わってない!!」
「知るか。帰る!」

一颯と居ると、飽きそうにない。 暫くは一颯と遊んでやるのもいいんじゃないかと思えた。



お題1「言葉と気持ちはいつも裏腹」
読んで下さり有難う御座いました。
お題通りにお話しが完結した気がしない・・・
久狼と愛莉はこんな風に愛莉がぐいぐい引っ張っていってほしいです(´Д`)
めんどくせーとか言いながら付いてくる久狼がいいですっ!!(*´Д`)

完成:2011.2.02