2.本音出せる程強くない

寂れた公園には、誰一人として近づかない。
ましてや、こんな真夜中なんて以ての外だ。
この町の住人は時計が8の字を指す頃には、誰一人として外を彷徨かない。
それは、この町の昔からの決まりであったし、近年のこの町の変わり様も関係していた。
ここ1~2年ほど、この町では殺人事件が多発している。
しかも、決まって犯行は夜だった。
その所為もあり、住民は家から出ないのだ。

ザリザリと、砂利道を歩いてくる人影があった。
ベンチで寛いでいた野良猫は、ビクリと身構えて、しかし近づいてくる人影から逃げるように走り去って行った。
猫ですら、この時間帯に人間を目撃するのは珍しい事なのだろう。
遠くからちらりと人影を振り返り、寝床を探すように草むらに隠れてしまった。
人影は先ほどまで猫が寝そべっていたベンチに座り、空を仰ぐ。
澄んだ空気は、ひんやりとしている。
もう秋も終盤に差し掛かっていた。吐息は、微かに白みを帯びていて気温が低い事を証明している。

「なんでだよ……」

呟いたその声は、彼自身にも聞こえるか聞こえないか解らないくらいの微弱なもの。
両手で顔を覆っている為、その表情を伺う事は難しい。

「なんで、俺だけ……」

自分にも、答えの出せない問いかけ。
勿論、答えてくれる人物など皆無だ。この公園には、彼1人きりなのだから。









「市瀬くーん、寝不足?」

つんつん、と市瀬の後頭部を突きつつ、愛莉は彼に話しかけた。
授業を終えるチャイムは先程鳴ったばかりで、教室は生徒たちの話し声で賑やかになっている。
市瀬はと言うと、机に突っ伏して寝息をたてていた。

「ん、授業終わったのか……?」

ぼんやりと辺りを見渡しながら市瀬は目を擦っている。
そうだと愛莉は頷いて、そんな彼の様子をまじまじと眺めた。

「……何?」
「いやー、いつもの市瀬君からは想像出来ないよね、そういう仕草って」
「……変、か?」
「いや、そうじゃなくてね」

周りを見てみなよ、と愛莉に促されて市瀬はくるりと教室を見渡した。
皆、好奇な目で彼を見ていた。まるで奇妙な動物でも見たかの様に。
愛莉に視線を戻すと、困ったような表情で市瀬を見つめている。

「……やっぱり、変なのか?」
「変って言うか……」

愛莉は喉元まで出掛かった、可愛いという言葉を飲み込んで、ぽりぽりと頬を掻いた。
市瀬はもう興味を無くしたのか、ぼぉっと窓の外を眺めている。
また、瞼がくっつきそうになるのを堪えるようにして双眸を瞬かせた。
愛莉の席は、市瀬の斜め後ろだ。
いつも、彼の姿が視界の片隅に入る。
市瀬を観察するのが最近の愛莉の楽しみでもあった。
暫くして、またチャイムが鳴った。次の授業の始まりだ。




すべての授業を終えて、愛莉は帰路に着いた。
時刻は6時過ぎで、辺りはもう真っ暗に近かった。
私服に着替え、階段を降りたところで母親に呼び止められる。
どうやら、醤油が切れてしまったらしく、買ってきてほしいのだと言われた。
この時間に、年頃の娘にお使いを頼むなんて、なんて親だと内心悪態を吐きつつ、愛莉は商店街へ向かう事にした。
事件の事があり、怖かったがそれよりも好奇心の方が勝っている愛莉は、大冒険に行くような気持ちで家を出た。
学校とは反対方向に行けば商店街に着く。
その途中には、ほとんど使われていない公園がある。
この公園は、夜になるとブランコがひとりでに動き出すだとか、公衆トイレから呻き声が聞こえるだとかそういった類の噂で持ちきりだ。
噂の公園を通り過ぎようとした所で、声を掛けられた。

「……一颯?」
「えっ!?」

心臓が跳ね上がって、ついつい大声を出してしまった。
呼び掛けた少年も吃驚したのだろう、驚いた顔をしていた。

「い、市瀬君かぁ、吃驚したぁ」
「わりぃ」
「大丈夫大丈夫。こんな所でどうしたの?」
「一颯こそ……」
「私は買い物頼まれて」

ほら、と言って愛莉はエコバッグを見せる。
納得したのか、市瀬はそれ以上追求しなかった。

「市瀬君は?」
「ん、此処気に入ってるから来てるだけ」
「へぇ、珍しいねー」
「買い物、付き合おうか、一颯だけじゃ危ないだろ」
「え、いいよいいよ! 折角市瀬君休んでるのに」

それに、私服姿の市瀬と肩を並べて歩くのは、なんだか烏滸がましい気がした。
そんな愛莉を気にもせず、市瀬は愛莉の隣に並ぶ。
ジャケットにTシャツ、ジーパンというラフな格好の市瀬は、普段の制服姿より少し大人びて見えた。

「ほら、行くぞ」
「うん……」

並んで歩く。
愛莉に気を遣っているのか、無意識なのかは解らないが、2人の歩幅は同じだった。
10分も経たないうちに目的の場所に着いて、愛莉は醤油をレジへと持って行き、会計を済ませて戻ってくる。
また、来た道を引き返そうとして、市瀬に引き留められた。

「まだ、時間……あるか?」
「え……っと、大丈夫、だけど……?」
「じゃあ……」

読み取れない表情で、市瀬は愛莉誘導する。
来た道を戻り、先程の公園の前までやってきた。
ベンチまで向かいそこに野良猫が居座っているのに気付く。
愛莉はゆっくりと近づいて行き、猫の背を優しく撫でた。
猫は嬉しそうに小さく鳴いて、愛莉の指先をペロペロと舐める。

「……珍しいな、そいつが懐くなんて」
「そうなの?」
「俺が近づくといつも逃げるから」
「あはは、嫌われちゃってるねぇ」

一頻り、猫を撫でてから愛莉は市瀬に問いかける。

「どうかしたの?」
「いや……ただ、誰かに聞いてほしかったんだと思う」
「うん?」
「全部は言えないけど……それは、一颯の事信用してないから、とかじゃなくて、俺が弱いだけの話で……いや、違うな……。 ……そう、俺自身も解ってない事だから言えないってだけで」
「……うん」
「俺は、弱いから本音が言えない。今だって、本当にこれが自分の言いたい事じゃないのは解ってて……でも、一颯になら話せるんじゃないかと思って」
「本音が……?」
「いや……凄い大雑把だけど、どうして俺だけ、みたいな事ってあるだろ?」
「何で私が買い物行かなきゃいけないの! みたいな…?」
「あー……まぁ、そんな感じ」
「うーん、でもそれって結局どうしようもない事だよね」
「そう、だな……どうにかなるもんじゃないな……」
「じゃあ、誰かに支えてもらえばいいんだよ。それは、家族でも兄弟でも、友達でも。誰でもいいんだよ。自分がこの人! って思った人に側にいて励ましてもらうの。 自分も相手を励ましたりしてね!」

にっこりと笑って愛莉は言い切る。
市瀬は少し考えてから、愛莉の肩にコツンと自分の頭を乗っけた。
急な事で身動きの取れない愛莉は、困った表情をする。

「じゃあ、たまにこうさせろ……」
「……うん」

夜空には、一番星が2人を見つめるように輝いていた。



お題2「本音出せる程強くない」
読んで下さり有難う御座いました。
なんていうか、凄い中途半端ですね(;^ω^)
本編進んでないからあんまし書けないのもあるけど、文才の問題だよね。
気を許した相手にだけ、甘々になる久浪です。


完成:2011.2.03